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少年よ、ほどほどに大志を抱け

2009年01月08日 09:00

鏡餅をペシペシはたきながら。



世間一般に、オトコという生き物は何故にあの女人の胸の膨らみに心囚われていることであろうか。

今やその評価の基準は細分化しており、大きさ、形、色、突起物のバランス、とかなりの多岐にわたるほどである。

これがただただ単純に大きければ良しという代物ではない、という事はすでに周知の事実なのである。

『大きければ大きいほど良し』

そんな事を声高に叫ぼうものであらば、羞恥にまみれて野山に屍をさらし死すのみ。


今となっては、『あぁ膨らみ?んーあったらあったで嬉しいけど、なくてもいいや』と、理知的かつジェントルマン(英国紳士)な意見を言えるようにまでなったりゅぢさんであるが、『あったらあったで嬉しい』あたりに垣間見える過去をよしんば考えてもみて欲しい。

そう、まだ若かりし頃、『のちのりゅぢである』と言われるであろう過去にはやはり世間一般寸分漏れず、膨らみに対して大いなる憧れを抱いていた。

少年の大志は時に途方もなく膨れ上がり易いものであるが、りゅぢさんの胸の膨らみに対する求愛は、

『イー?んーイーとかちょっと欲張りすぎかな?デェーくらいが理想だなぁ、いやシーでも十分っす』

と慎ましやかなものであり、股間の膨らみの方が断然大きかったくらい理性的でもあった。


慎ましいながらもそれでも夢を見ていた。

まだ見ぬ双峰の合間、果ては地の底まで続いているのではと膨大な計算式から独自に弾き出したその谷間の深さ、そこに感じているものは紛れもなくコスモ(宇宙)であった。

幼き頃に見たあのアニメ、来週の予告が終わったときにお決まりの台詞が流れる。

『キミはコスモを感じたことがあるか?』

もし再びこれを聞かれたなら、『いや実はそれがね、感じたことはあるにはあるんですが実際お眼にかかったかといえばそうではないんでして・・・・・・・・・』と長々3時間はしゃべくり倒すだろう。


とにもかくにもそれほど大それた大志ではない、ちょっとその谷間で漂ってみたいだけのこの小さな希望を当時お付き合いしていただいてた女人は、

『無い物ねだりをするんじゃありません』

と、クラスの田中くんちは月にゲームを3つも買ってもらってんだってーとさり気なくうちも買ってよといった少年に対し『よそはよそ、うちはうち』とばっさり冷静に切るが母のごとく、頭から水を被せてきたものである。



と、まぁここまでが鏡餅をペシペシはたきながら思い起こした思い出話であり、たかが鏡餅1つでここまで考えが及んでしまう自分はどうしようもない変態としか言いようがない。

ただ、硬派な文体にのせて語れば、多少のオイタは許されるものであろうと筆者は信じており、分かり易く言い換えれば、『おっぱい』と軽々しくいうより、腹から力を込めて『ゥオッパイ』といえばいやらしさを微塵も感じさせないのと同じ。小さい『ゥ』が入ってるし。


最終的判断は読者の方に任せるより他ないが、私は許されると信じている。

そしてあらかじめ言っとこう。



ごめんなさい。

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