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ボクらの夢物語

2010年03月29日 21:49

思い出



そう昨日は高校から大学にかけて机を並べておしゃべりした学友、田中氏とお会いした。
ゆうに五年ぶりくらいかと思える。
ひとえに音信不通になりがちなりゅぢ氏の不徳の致すところですまん。


りゅぢ氏が田中氏を思い出すに思い起こされるエピソードは『平泳ぎの田中』という、ちょっとダサ、、いや、失礼、抜本的なネーミングである。
一体どのようなものか?以下思い出話である。



幼き頃、アメリカに住んでいた田中氏はまわりでは知らぬ者はいないほどの平泳ぎ名人であった。
平泳ぎと言えば田中、田中と言えば平泳ぎ。
まわりの米人たちも口々に『田中の平泳ぎはヤバい!』『田中に平泳ぎをさせたらマッハだ!』『Tanaka?oh,very good HIRAOYOGIER!!』と喝采したという。
末はオリンピックかパンパシか?
日本に田中ありといわれる日もそう遠くなかったと当時を思い起こしエリックは言った。
その後、拠点を香港に移し、変わらずそこでも『平泳ぎの田中』という称号をほしいままにするかに思われた。

ある日、軽いウォーミングアップを済ませ、いつものように平泳ぎをしていると自分より遥かに小さい香港人の女の子が、スイスイと追い越していくではないか!?
彼は必死で泳いだ。

『へい、ガール。待ってくれよ!オレを置いていかないでくれよ!』

だが彼は追いつけなかった。
その年下の女の子に、いままで築き上げた『平泳ぎの田中』というプライドをいとも簡単に崩された彼。
彼はその日のうちに『平泳ぎの田中』の名声をプールに置いてその場を去った。
若き天才の早すぎる引退であった。


以上がりゅぢ氏が思い出す田中氏に関するエピソードであり、勝手で多大な誇大妄想も含まれたお話だ。
言うまでもないが、りゅぢ氏と出会う遥か前の話であり、りゅぢ氏介入の余地は皆無だ。
普通、思い出す事といったら2人の思い出とかじゃねぇの?とか思ったあなたは正しい。
しかし、なぜりゅぢ氏が2人の思い出、例えば、受験をともに乗り切り、前期ですでに受かっていた彼に、後期で受けたりゅぢ氏がいざ同じ大学に受かって『合格、これからもともに学ぼう』と喜びの吉報を彼に電話したところ、第一声が

『落ちちゃった?そうかぁ、、えっ?受かった?マジで?いや、ごめん、受かるとは思わなかったから、、、』

と言われたハートフルな思い出でなく、このような『平泳ぎの田中』話なのか?
つまり被害者は加害者よりもその記憶が残りがちなのか?

いえ、違います。何も根にもっちゃいないんですぜ?
そう、やはりその抜本的なネーミングにすべてはあるのだろう。
クラス全員になにかしら称号を送ろう的なネーミング。


どうだい?もう一度『平泳ぎの田中』を目指さないか?
オレも今一度『黒板消しのりゅぢ』を目指してみるよ。


『お前、変わったなぁ~』

イエス、still changeでよ。まだまだえぼるーしょん。
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コメント

  1. チカラコフ | URL | -

    平泳ぎの田中の慟哭。もう少しスイミング続けていたらきっと「バタフライ田中」だったのに。なぁ、マイフレンド。「大妖精のりゅぢ」よ。

  2. りゅぢ | URL | -

    >チカラコフ

    妖精よりも大仙人になりたひ。
    バタフライと平泳ぎが同系統のものだとは信じがたし。

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