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俺のかぐやはどこ行った?:溢れたから書く話

2010年03月01日 17:27

For KSG



かぐやが流行っているらしい。
まだ若めの、しかししっかり成長した竹の中頃に光り輝く節があったらそこにかぐやがいるという。
だいたいがどの竹林にもいるが、なかでも京都嵐山方面の竹林と奈良の某とかいうとこの竹林は、良質のかぐやが手に入るということで人気が高い。
その二つにはほど遠いが、府中の大国魂神社も良いかぐやを生み出すとその筋には知られてるのだとか。
つい先日その事を知った俺は、早速神社まで出かけて行きそこでかぐやを手に入れた。
興味がない振りを装っていたが、まわりの友人達が次々とかぐやを手に入れているのをみて、いてもたってもいられなくなったのだ。

昼間から鬱蒼としげる竹林の中に、そこかしこと光る節をもった竹がそびえていた。
どれにしようかと悩んでいると、後から来た男が無造作にいくつかの竹に鉈を入れて言った。
『どれだって同じだよ』
そう言いいながらも、一番キレイに輝く竹をちゃっかし取っていった。

『どれでも同じか、たしかにそうだな』

そう思って次にキレイな竹に鉈をいれようとすると、目の端にその竹が映った。
それは確かにキレイであったが、一番ではない。何故?と言われても説明はできないけれど、その個性的な輝きが俺の心を魅了した。すなおにこれにしよう、これがいいと思った。
光る部分を傷つけないように大事に取り出すと、竹林を後にした。
帰り道、友人が竹を大事そうに抱えてる俺をみて、『へーそれにしたんだ?でもなんでそれ?もっといいのあったんじゃないの?』と言った。
どうにも、人好き好きである。その上余計だ。

育て始めてから三ヶ月が非常に大切だと、かぐやと暮らす友人が言った。
なんでもその期間をおろそかにすると、すぐにかぐやは月に帰ってしまうのだと。
月に帰るならまだしも、枯れてしまうこともあるらしい。
そうならないように大事に大事に育てなくては。

俺の生活で、かぐやの占める割合が格段に増えた。
というより、ほぼ毎日がかぐやそのものであった。
かぐやが喜んだ顔をみるのが何よりうれしかった。
ご飯を一緒に食べ、外に出かけたりもした。
ある時は、ツタヤでDVDを選んで、手をつないで夜道を歩いた。
かぐやはラブストーリーを観ては顔を上気させ、ヒューマンドラマを観ては目に涙を浮かべた。
何があった、とイベントに溢れていたわけではなかったが、隣で眠るかぐやの寝顔を見るにつけ『平凡』という2文字に当てはめられないステキな日々を感じた。


『満月と三日月、どっちが明るいと思う?』

議論好きなかぐやは良くそう言った。
かぐやが言うには、三日月の方が断然明るいのだと。

『見えない部分に満月の明るさを想像するでしょう?そうするとその部分は本当に明るいの』

ならば新月はどうなんだい?新月が一番明るいんじゃないの?

『新月はダメよ。何も見えないもの。少し明るいトコがあるからない部分を想像できるのよ。まったく見えない新月は、忘れてしまったのと一緒よ』


飛ぶように歳月は流れ、とうとうお別れの時がやってきた。
思い出の土地で満月を見つめたかぐやは、もう月に帰らねばと言う。
月の光に銀色に照らされたかぐやは、今までのどのかぐやよりも美しくまた魅力的だった。
まるで満開の花を咲かせえたような美しさに、かるく眩暈を覚えた。
あぁそうか、今日がかぐやと出会って120年、もうそんなに経つのだなと思った。


『どうして帰るだなんて?俺はかぐやとずっと一緒にいたい、かぐやを心から愛している』

そう涙ながらに言う俺に、かぐやは優しく微笑んだ。

『まんまるに膨らんだ月はあとは欠けていくだけ。物事にはなんでも終わりがあるでしょう?ならばせめて一番大きな時に、思い出の満月がとても輝くように』

かぐやの頬に一筋の涙が流れるのを見て、あぁかぐやも本当は俺と同じ気持ちなんだなと安堵した。
その涙も月の光に反射して、とてもキレイだった。


そうしてかぐやはいなくなった。



少し欠けた月を見上げながら、かぐやの事を考える。
満月よりもより輝くその月を見つめると、かぐやの言ってた事は本当に正しかったと思う。
明日にはまた少し月は欠けるだろう。
そうして思い出のかぐやはより輝くだろう。
少しずつ欠けてく月と、少しずつ輝きを増す思い出。

その時俺の中で何かが弾けた。


新月は?いつかやってくる新月を迎えた時、かぐやはどうなってしまうのか?


『新月は嫌よ。だって見えないのだもの。そんなの忘れたのと一緒でしょ?』

そうかぐやは言った。
時間とともに忘れていく痛み。
忘れるのか?ただ思い出さなくなるだけか?
どちらにしよ、かぐやの記憶が薄れていくことは変わりがない。

そんな事は耐えられない!


俺は部屋から駆け出し自転車にまたがった。
ライトがいらないほどの月明かりの中、一心不乱にペダルをこぐ。
何度も確かめるようにその名を叫び、忘れていく思い出に待ったをかけるかのように月を見た。

かぐやはどこだ?俺のかぐやはどこに行った?


かぐやを見つけた大国魂神社の竹林に入り、かぐやの残骸を探した。
竹林の管理をする老人が、必死でかぐやを探す俺を見て言った。


『かぐやなんてそこかしこにあるじゃない?どれでも好きなの取ってっていいよ。どれでも同じだろう?』


同じなものか、同じであってたまるか!
そう叫び、キョトンと目を丸くする老人をしり目に再び自転車にまたがった。
規則的に軋みをあげる自転車にさらなる負荷をかけて夜道を走る。
後ろへと流れていく景色に思い出が重なっていく。
手をつないで歩いた道、こっちが近道だと俺の手をひっぱるかぐや、冷蔵庫のプリン食べちゃったと舌を出して謝るいたずらっ子の顔、そういったいくつものエレメントが夜風とともに流れ出した。

早く、一秒でも早く!


汗が額を流れ、身体があつい。
それでも空へと続く坂道を、たちこぎをして駆け上がる。
銀色に輝く欠けた満月目指して自転車をこぎ続けた。


大気圏に突入すると、摩擦熱でものすごく熱いと学者は言ったがあれは嘘だったようだ。

だって今、とても心地よい。
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コメント

  1. KSG | URL | -

    はうー!奇跡

  2. りゅぢ | URL | -

    >KSG

    えーーっそれだけーー!?

    もっと褒めろ、もっともっと。
    でもまぁ、イマイチだよねー、、オリジナリティが。

  3. 華火 | URL | -

    120歳を超えてもチャリンコに乗れる健康法が1番気になる。

  4. りゅぢ | URL | -

    >華火

    甘いな華火。トロトロだぜ。
    120と言う数字の意味する所を考えたまへ。

    って誰もが竹博士ではないという。
    ゴメン、分かりづらいよね。。。

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