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奴隷ペンギン

2009年03月06日 09:00

私の風呂場のペンギン達





そういえば最近とんとペンギンとはご無沙汰だ。

氏が世の現に気を許さず、もっぱら身体を鍛え心胆を練り知性を身につけ精進するストイックな人生を送っているのはなにゆえか?

まずは大地との融合、そして宇宙への己の解放、最終的にペンギンになる為ではなかったか。

それなのに最近その先達のペンギンとの会合をおろそかにしてしまっていたとわ、いと情けなし。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

200x年、日本は空前のペンギンブームに沸いた。

切っ掛けは南アフリカのケープペンギンである。

増殖したケープペンギンの居住問題が深刻化し、音をあげた南アフリカ政府に手を差し伸べたのは日本であった。

根強いペンギン人気を意識した日本政府はケープペンギンをほぼ無償で手に入れそれを国内に持ち込みペット用として安価で配給。

瞬く間にペンギンブームに火が付き、『一家に一ペンギン』と何の変哲もないコピーがその年の流行語に選ばれるほどの人気っぷりであった。

たかだがペットブームと侮っていたペシミストの評論家達も段々と身を乗り出してきた。

というのも、ペンギンを飼うために準備する巣や風呂場の増築、餌代などそういったもので日本は戦後最大級という好景気へと一気に好転したからだ。


ペンギンが家にいる、それだけで或る家族は浮かれた。

経済が驚くほど循環している、それだけで政治家は浮かれた。

儲かって儲かって仕方がない、それだけで経営者は浮かれた。

誰しもがペンギン景気に浮かれて、このまま日本経済に終わりはないだろうと楽観視していた最中それは突然、しかし誰もが予想できる、いやできたはずだった事態が起こった。


そう、全世界的なペンギン不足である。


一家に一ペンギンというスローガンを掲げた日本政府だが、全世帯にいきわたる前にケープペンギンが底をついた。

以前は住宅状況最悪と言われ、海から1キロ2キロ離れた場所に住み通勤していたペンギンもいたほどであったが、大量のペンギンが日本に連れ去れた後のケープタウンでは、1ペンギンあたり数百平米といわれるほどの贅沢な巣を築き暮らすほどになっていた。

もちろんそれは先に連れ去られたペンギン達の日本からの仕送りに支えられているのは言うまでもないが、とにかくかつての集合生活も嘘のように今やペンギン達は悠々自適な快適ライフを満喫しているのである。

そんな彼らは当然今さら日本に出稼ぎに来たがらなかったのだ。


一気に冷え込む日本の景気。

まだかまだかとペンギンの配給を心待ちにしていた国民達の不満は爆発寸前だ。

『善後策なし』『能無し政府』『ゴブリン首相』と揶揄された政府に、とある一人の科学者が画期的と言われる眼から鱗の解決策を授けたといわれる。


その噂が流れた直後、政府が打ち出した政策とは『職業ペンギン制度』であった。


ペンギンがいないのであれば、職業にペンギンを作ろう。アイボというロボットで癒される人々がいた位だ、ましてや完璧に訓練をつみペンギンになりきった、というかペンギンに生まれ変わった人間がどうして『動物のペンギン』の変わりになれないだろうか。

しかし、ペンギンになりきる生まれ変わるというのは並大抵のことでなく、それには厳しい訓練と修練が課せられた。

亜流のペンギンがでないように即座に国家試験を設定した日本政府の対応は素早く、のちのちまでも世界の賞賛を誘った。


201x年、職業ペンギン制度が取り入れられてからはや数年。

ようやく今年、厳しい訓練を勤め上げ、国家第1号職業ペンギンとなる男が誕生した。

その後、彼は職業ペンギンとして幾多の左利き乙女の心を癒し、後進たちのために世界初の職業ペンギン支援団体であり自身の名を冠した『ドラゴンナイト=ペンギンナイト』というボランティアグループを発足させ、これまた世界初のペンギンスクールを開校させた。


日本の歴史にも入れられたその男の名は__

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今はまだ生魚を頭から一気飲みとかするときっとゲロゲロ吐くけど、できるように訓練します。

とりあえず近々、水族館に行きたいです。

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