スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ホトトギス

2012年12月21日 05:16

甘栗、剥いちゃいましょう。



信長・秀吉・家康の性格を例えたホトトギスの短歌ですが、えぇあの有名な『鳴かぬなら~』ってやつです。あの短歌をモチーフに怒髪天がホトトギスって曲を出していて、『鳴かぬなら俺は自分で鳴く』って歌詞なんですね。まぁまぁ怒髪天を知らない人からしたら、ホトトギスの鳴き声聞きたいのにお前が鳴いてどうすんね?な感じでしょうけど、それは置いといてください。ついでに言うと、ここまでの文章まるっと置いといてください。


さてね、甘栗剥いちゃいました。
なんの事っちゃ?と思った方は話を最後まで聞く癖をつけた方がよいですよ。もう10何年前から『甘栗剥いちゃいました』ってのはあるけど、ここ数年かな、剥いてはいないけど殻に切れ目が入れてあるヤツをみかけるようになった。初めてそれを見たときは、『殻つき!』って殻がついてることがさもスゴイかのようにアピールした包装に“いや、これはメーカー側の怠惰だ!"と思った次第である。私は基本ラブ&ピースで夢見がちな平和主義者なので、レット・イット・ビー、されるがままな至れり尽くせりがうれしい。果物は剥いてからもってきてください。カシスオレンジは混ぜてからもってきてください。そしてクリは剥け!

なのにこいつはどうだ?切れ目が入って確かに殻を取りやすいが、殻は誰が剥くんだ?コンビニで売ってるオニギリに『手むすびおにぎり』って書いてあってさも手でにぎったから美味しいですよ的な感じだが、海苔を巻くのは自分の手だから何?手むすびってにぎるの自分?と釈然としないモヤモヤに包まれる感覚に似ている。いや似てないかもしれない。

私の個人的見解だと、皮がついてようがいまいが大差ないのだがうちの思い込みが激しい父は『やっぱり栗は皮がついてるほうがうまいよな!?』としきりに同意を求めてきてウザいことこの上ないので、ある一部の層にはばっちし需要があるようだ。
以前もお伝えしたかもしれないが、『甘栗剥いちゃいました』なんて軽くオチャッピーに誤魔化して、ノリで剥いてしまったかのような言い回しだが、体育館より広い工場に押し込められた何百という中国人たちがナイフ片手に一心不乱に手作業で一日中甘栗と格闘していることを知れば、『甘栗剥いて頂きました』くらいの敬意を払ってもいい気もする。そして近年、剥かずに切れ目を入れるだけのいわば簡易な甘栗が流通し始めた事を思うと、『すわ大量リストラか?』と王さんや張さんや宋さんが路頭に迷う姿を思い浮かべては涙にくれる毎日である。

故に私は甘栗剥いちゃいましたを食べている。例え思い込みに激しいどこかのバカ親父が隣で『美味くねぇ、皮のついてない栗はやっぱりうまくね。なぁそうだろ?ブラザー?』としきりに同意を求めてきてこの上なくウザかったとしても、やはりここは譲れない一線、私は剥いて頂いた甘栗を数多の罵りと共に飲み込もう。

ところで前置きの長さに辟易してきた頃合いだろうが、話ここに至るきっかけは、『甘栗剥いちゃいました』の袋を開けて取り出したら剥けてない普通の甘栗が出てきたらどうするかな?と思って楽しくなったことによる。実際のところ出てきたのは殻のついてない剥けちゃった甘栗だったのだが、想像膨らみこれがかなり楽しくて一人ほくそ笑んでしまった。

甘栗剥けてないじゃん!

ベタにそう叫ぶだろうか?うちの過激な闘争士である父がそんな目にあおうものなら、即刻メーカーに電話して『うちは出るとこ出てもいいんだぞ!』と裁判チラつかせて脅迫まがいな事をしだすに違いない。散々揉めに揉めて、いくらかかろうがシロクロつけてやると電話口で息巻くくせに結局最後には『私としてはそちらが謝ってくれさえすればそれでいいんです』と今までの話はなんだったの?と妙に物分りがいい終わりを毎回迎えるので、お前は工場行って栗でも剥いとけ!と、正月は神社に7月には短冊に、そして今はサンタクロースにお願いしているところである。
一方、私ならどうするか?恐らくそういうものだと納得して、自分で剥いて食べるだろう。大した手間でもないし、クレームつけるほどでもないでしょう。

ここで私は思うのである。甘栗剥いちゃいましたから剥いてない甘栗が出てきた時にどのような対応するかで人間性が現れる、と。

①剥けぬなら、切り落としてしまえ、甘栗
②剥けぬなら、剥かせてみよう、甘栗
③剥けぬなら、剥けるまで待とう、甘栗

①はパイプカットである。いくらなんでも決断早すぎだ。もっと信頼できる友達や医者に相談してくれれば良かったのに。
②はだいぶ自信があるようだが、ほんとに大丈夫?いざコトそこに至り、パンツを降ろして出てきたものは粗末なイチモツ。さぁ剥け!と命令されてもドン引きドン引き。もっと信頼できる友達や医者に相談してくれればなぁ。
③はもう剥けるコトは一生ない。待ちぼうけである。何を勘違いしたのか、また何を待っているのか、果報は寝て待て?冗談じゃない、君はただただ怖いだけだ。現実から目を逸らしたところでなにも変わりゃせんよ。もっと信頼できる(ry


だから私は思うのである。剥けぬなら、自分で剥け!と。信長も秀吉も家康も間違っている、鳴かぬなら自分で鳴けよと思うのです。甘栗の話だけど。
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    最新記事


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。