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鼎の軽重とついでに真価を問う

2011年01月12日 10:32

あんたんちの鼎とうちの鼎、どっちが重いのいったい


うちの風呂場には姿鏡がある。
なぜここに全身映る鏡を置いたのかよく分からないが、分かっている事を述べれば毎回素っ裸の自分を否応なしに見る事になるという事だ。
当然である。これから湯船に入るのだから、素っ裸であることになんら変態性を見出せぬだろう。
たとえそれがギリシャ彫刻のようでなくとも、一部が天を突くばかりにそそり立っていようとも、ナン・オブ・ユア・ビジネス、私の勝手でしょ、である。

鏡を正面に自分と向き合う、その時間も時には必要なのかもしれない。
何物にも守られていない裸の自分、それこそ真価というべきものかもしれない。
そしてりゅぢ氏は真価と向き合った時、毎回毎回思うのである。


“コマネチしてみようかな?”

それも並大抵のコマネチではない。
全身全霊をかけたコマネチである。
この一回で死んでもいい、これをやりきったらその場で倒れても悔いはない。
そんな人生をかけた一発をやってみようかなと思うのである。

足はガッバと開いて、引き上げる両腕の速度は光速、四方100Mに響き渡る『コマネチーーー!!』という叫び声、仁王像のような形相、そんな“本気”のコマネチ。

犬猫はビクッと身体を揺らす。
暗く寝静まった府中の街にはいっせいに明りが灯る。
驚いた運転手はハンドルをきり誤り事故多発。

その原因は全てそう、私のコマネチだ。
ゆらりと両腕を股下に垂らしたときにハタと思いとどまる。


やる必要あるかな?

ないんじゃないかな。きっと。
恐らくソレをやった暁には、2階から母親が飛んできてこう言うだろう。

『あんた今何時だと思ってるのいったい』

下手したら一足飛びに、

『あんた今何歳だと思ってるのいったい』

と、もう赤面するしかない事を言い出すかもしれない。
例え“世界の中心でコマネチを叫んだ”としても、世界から無視される可能性がわりとビッグだ。
山彦のようにコマネチコマネチコマネチコマネチ・・・と木霊して終わるんだ。

そう考えると下げた両腕をそのまま地面につけて、行司待ちのハッケヨイのポーズで事を収めるりゅぢ氏であった。
命拾いした。
全身全霊を捧げ命を糧としたコマネチはまた次回にしよう、そう判断した私の真価の軽重を問う。
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コメント

  1. naoto. | URL | -

    面白いな~、りゅぢ氏。

    コマネチ、最近してないな~。
    最近ごぶさたですよ、コマネチ。

    確かに自分のコマネチ姿、鏡で見たくなりますよね。

  2. りゅぢ | URL | -

    >naoto.

    今度ふたりでやろうか。

    そうだな、銭湯にでも行ってふたりでならんでやろう。
    せーのでやろう、せーのでな。いいか、せーのでやるんだぞ?ちょっ、ダマシとかなしだからな。

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