スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

りゅぢ氏河童の川流れをする、の巻

2010年10月13日 15:41

変身 for KSG



或る朝目覚めると、一匹の河童になっていた。
けたたましくなり続ける目覚ましを右手で止め、ゆっくりと身体を起こす。
「もうこんな時間か」
ベッドから這い降りて洗面所に向かいながら後頭部をくしゃくしゃといじる。
頭頂部にその手が至った時、当然あるはずの髪がなくツルリとした感触にドキッとする。
まさかそれが皿であるとは露ほどに思わず、抜け落ちたか、ハゲたのかと一気に目が覚め鏡の中の自分を凝視した。
よかった、ハゲではない、ただの皿だ。

皿?

眼の前にいるのは、普段の自分より若干緑がかっている気がする。
眼の前にいるのは、普段の自分より若干口が出ている気がする。
背中のこれは亀の甲羅か?甲羅??
足にも手にも水かきのようなものが付いている。昨日まではなかったと思うが・・。
客観的に判断して、これは河童である。
どうにも私は河童になってしまったようだ。

一体何故こうなったのか?
河童の好物はキュウリだと聞いているが、昨夜食べたキュウリのせいでこうなったのか?
だとしたらけしからん話である。
キュウリを食べ過ぎると河童になる、と販売店および生産者は明記するべきではないか?
いやそもそも食べ過ぎた記憶はない。

とにかく私は河童になってしまった。
この事実を受け入れなくてはならない。
仕事は、、仕事は休もう。
河童にスーツは似合わない。


『お大事に、病院に行って早く良くなって下さいね』


よくなるんだろうか?病院で治るのだろうか?ぜひともいい病院を紹介して欲しい。
ふいに涙が出てきた。塩辛い、とても塩辛い涙だ。
なんで私が河童なぞにならなくてはいけないのか。
たまにはキュウリじゃくてカレーも食べたい。

いろいろ考えたのだが、河童を治す方法が思いつかなかった。
小さい頃から勉強をし、そこそこに有名な大学をでたにも拘わらず、河童を治す方法一つも分からないなんて一体今の教育制度はどうなっているのだ、と憤ってみたがやっぱり私は河童のままだった。
そうこうするうちに、てっぺんの皿が乾いてきていてもたってもいられない。
急いで服を脱いでシャワーを浴びた。
服を脱いだ時、蛙のような色合いの身体を見て哀しくなったが頭の皿に水を当てるとどうでもよくなった。
そのまま湯船に水を溜め、深々と潜る。
水中から頭を出し、ゆっくりと鼻まで出し口は水中のままの状態で止まる。
まさに想像する河童の状態は心地よく、多くの絵に出てくる彼らがこのようなカッコなのに納得した。

考えた結果、夜を待って家を出る事にした。
恐らく河童は治らないだろう。
ならば息子が河童になったという衝撃と失踪したという衝撃どちらが親にとっていいのだろう?と考えた結果、失踪することにした。
知人友人、それから左利き乙女、彼らにこんな姿を見られて笑われるのならともかく心配されでもしたら忍びない。何故ならもう治らないであろうから。

奥多摩の方の湖に行こうと思った。
あそこなら夏の行楽シーズン以外は静かに暮らせるだろう。
それに河童の1匹や2匹いてもおかしくない気もした。
もしかしたら同じ様な境遇の仲間に出会えるかもしれない。
時々反射して映るバックミラーやフロントガラスにはまぎれもなく河童がいた。

奥多摩まで行こうと思っていたのはとんでもなく甘い考えだった。
頭の皿がすぐに乾いてしまうのだ。
皿が乾くとイライラする。イライラするがそれもすぐ終わり、今度は急に元気がなくなる。吐き気や眩暈がし、その先はどうなるか分からないが、恐らく死ぬのだろう。
そうなる前に水が欲しい。
なぜ家を出るときに水を持ってこなかったのか?その事を後悔してみても始まらない。
奥多摩どころか近所の多摩川で限界だった。
土手沿いの道に車を停めて、河川を走った。
誰かに見られてるかもしれないが、なにかまいやしないだろう。
どうせ私はもう川から出る事はない。
このまま違う場所にスイスイと泳いで静かに暮らそう。

多摩川に飛び込み私は考えた。
さかのぼって奥多摩まで行くか?
それとも海へ向かおうか?

川を下るのが楽だろう。そして広い海に一つや二つ、住みやすそうな無人島くらいすぐに見つかるだろう。
そこで人魚と恋に落ちて暮らすのもいいだろう。河童がいたのだ、人魚もいてしかるべき。
仰向けに水に浮かび、流されていった。
真っ暗でただただ黒い夜空に、それでも輝き続ける都会の星があった。
「これがほんとの河童の川流れ」
そう呟いて皮肉な笑みを浮かべた。

河童はな、泳ぎに失敗して流されてるんじゃないんだよ。自分から流れて行ってんだ。そういった意味で、猿も気から落ちるとか弘法にもなんとやらとは全く別物なんだ。河童の川下りとでも言ってほしいな。意味は『全てを捨てて去っていく』。

どのくらい時間がたっただろうか?気が付くと潮の香りがした。
波の音が聞こえる。あぁ海に来たんだな。
これから私はどこに行こう。
考えてなかったが、天敵もいるだろう。サメに襲われたら?
怖くもなったがそれでもいいだろうとも思えた。
どうせ、河童だ。誰も心配なぞしないだろう。悲しみもしないだろう。
ただのひとかけらさえも残さないで全部食べてくれることを願おう。
中途半端に残ってどこぞの浜辺に漂流して、『これはアイツだ!』なんてコトになったら河童の川下りの意味がないだろう?

私は水かきの付いた手を大きく開き、前に進む推進力を得た。
驚くほどのスピードで海へと向かっていく。
ほら、こんなに早く泳げるんだ。やっぱり河童は流されてるんじゃないんだぜ。
そう思ったのも束の間、急に苦しくなってきた。
頭の皿がキリキリした。
皮膚にもつっぱるような痛みが走った。

その時唐突に私は悟った。
『河童』、河の童。河、川。


もしかして私は淡水魚的なアレか?

もう手遅れだった。
必死に手足をばたつかせてはみるが、まったく身体が浮き上がらない。それどころかどんどん沈んでいく。
たくさんの気泡が私から離れ、寂しい夜空に星となって彩りを加えた。
まさか、こんなところで、、薄れ行く意識の中、私は涙を流していた。
あの時、誰かに相談していれば。あの時、家から出なければ。あの時、湖に向かっていれば。あの時、、、

それ以上『あの時』が思い浮かばなかったが、河童の川流れは河童の川下りでもなく、河童の海沈みだなと軽くなっていく頭をふとよぎった。意味は『全てを捨てさせられて消えていく』。
そこで世界は暗転した。


そうして海は少しだけしょっぱくなった。
スポンサーサイト


コメント

  1. ほすが | URL | -

    はわわ…はわわ…すごい…
    まさかこんな哀しい物語になるなんて、、、

    りゅぢ氏よ永遠なれ

  2. りゅぢ | URL | -

    >ほすげ

    うーーーん、、、びみょー。
    河童ねぇ、、、難しかったなぁ。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)


最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。