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巡るならカッフェーがいいよね

2011年09月23日 09:59

世間の休日の過ごし方にはカッフェー巡りというおしゃれな巡業があるらしい。



人によっては素晴らしくも楽しいことでも、他の人にとっては辛い荒行であったりする事ってある。
例えばりゅぢ氏の場合、朝昼晩×何日でもカレーで構わないが、そんなにカレーを食べると『汗がカレー色になるわっ!』と大騒ぎする輩もいるだろう。ちなみにそいつはバカ者である、後ろ指さしてやる。
ある人はギュウギュウの満員電車が好きだといった。なぜなら自分で立ってる必要がないからかえって楽だと。
その境地に達せないりゅぢ氏は、満員電車が嫌いすぎてオフピークにしか乗らない。
例え1時間2時間早く起きることになろうとも、端っこに座りたい。

ここで話をカッフェー巡りに移すと、ふむふむ、おしゃれじゃないか。
オープンテラス的なものも良かろうし、アンティークな雰囲気も素敵だ。
かつて寺山修司はこう言った。『書を捨てよ、町へ出よう』と。
書を持って町へ出てカッフェーに行くのもいいだろう。なにも捨てなくてもいいだろう。
そうしてお気に入りのカッフェーを見つけて何度も通ううちに、おやあの素敵な左利きの女性は・・・よく見る顔だ。偶さか通う二人の視線。フッと微笑む彼女。『よくお会いしますね』「えぇあなたも」なんとはなしに親しくなった気で私はカッフェーに通うのが楽しくも待ち遠しくなる。本を読むためにカッフェーに行っていたのが、彼女に会うためにカッフェーに行く口実に本を読むようになる。これだから書は捨てれない。『いつも本をお読みになられてますね?今日は何を?』「えぇ、寺山修司の“書を捨てよ、町へ出よう”です。私は修司なぞたいした者ではないと思うのですけれどもね、友がぜひにと薦めるものですから。」『まぁ面白そうな題ですわ。ぜひ読み終わったら貸してくださいね。』「も、も、ももももちろんっ!」あぁ、書を捨てずに良かった!互いの読んでる本を何度となく交換するうちに二人はいつしか恋に落ちる。あぁ左利きの乙女よ、私はあなたの1ページをめくりたい!いえいえ、私こそあなたの1ページを上書き、上書き保存よっ!この書だけは捨てられないっ!!

と、ここまで妄想ではなく人生計画をしっかり綿密に立ててはみたものの、カッフェー巡り、りゅぢ氏にとっては荒行である。苦行である。
なぜなら何度となく申し上げてきたように、りゅぢ氏はコーヒーを飲むとトイレが近いの。とってもとっても近いの。
カッフェー巡る=コーヒーを飲む=トイレに行く。
カッフェー巡りというかもうそれはトイレ巡りだよね。
何が悲しくて休日の晴れた日に町のトイレを巡らねばならぬのか。
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万能とは理想だ空想だ

2011年09月22日 08:03

一芸に秀でる



先日、靴を買った事は記憶に新しいが、多くの場合『初めての驚き』というものは『最初だけ』な事は周知の事実だろう。
例えば、トニックシャンプー。
今はそんなものあるのか定かではないが、15年近く前、あれは衝撃だった。
スースーするのね、髪洗うと。
暑い日なんかにトニックシャンプーを使うと、そりゃもう頭は快適なほど涼しく清涼感があった。
だが、それも最初だけ。
だんだんと皮膚がそれに慣れてきて、数回使うと普通のシャンプーと何が違うのだろうか?と悩めるほどに凡作に堕ちた。
ちなみに余談だが、私はあれで頭の次に毛がモジャッてる部分、平たく言えば股間を洗った事がある。
ほんの出来心でありまして、もしかして股間も涼しくなるんじゃなかろうか?そう思ってちょっとの好奇心が背中を押したのだ。

悶 絶

あれはやめておいたほうがいい。
敏感すぎてスースーどころか痛い、激痛だ。
一人籠もった風呂場、湯気立ち昇る中で『ぐむむぅ』と場違いな呻き声をもらすこと必至だ。
だがそれも最初だけ。


買った靴は、通気性が大変よく軽く走ると風を足に感じると以前に申し上げたと思う。
これが最初だけではなかった。
今もまだ風を感じ続けている。
これはスゴイ。気持ちが良い。

そんな中、懸念事項が2つ。

冬は寒いんじゃね?

通気性も良いが浸透性も良い。
『360度どこからでも空気が入る構造』と店員さんは押していたが、360度どこからでも水が漏れてくるようだ。
小雨でもびっしょりだ。
なんども言うが通気性がいいので靴は濡れてもすぐに乾くのだが、靴下はなかなか乾かないぜって。

ひとつを追求するとほかのものが駄目になるんですね。納得。

水をあげすぎると幸せの木も枯れる

2011年09月21日 07:34

邂逅



リビングのピアノの上に植物が置いてあった。
ふと思い出したその存在は、夏が始まった8月初めあたりに『ビールが半額だぜ』と誘われていったタイスキパーティの席で頂いたものであった。
ビールが半額、そうは言えどあんな苦いもの飲めないので男らしくカシスをオレンジでストレートに割ったものばかりチビチビと唇を濡らすほどに痛飲したのも思い出した。

『誕生日プレゼントね、これ。』

そう言って頂いたものであるのに、一月以上もおきっぱにしてしまった。まことに申し訳ない。

『ところで誕生日っていつ?』

知らんのかい。とっくに過ぎてるわ。
一体何を思って彼がこの植物をくれたのか、本当の意図は謎であるが、一緒に出席していた男性にもあげていた。
ちなみにもう一人の彼のもらった植物は『ジャックと豆の木』であり、主催者曰く『アタリ』だそうだ。
りゅぢ氏はいわば『ハズレ』を持ち帰ってきて、うん、ごめん、この植物の名前も分からない。でもいいの、悔しくないし。


観葉植物は今まで何度か買ったことがある。
大抵の場合、『水をあげすぎて枯らす』か『水をあげなすぎて枯らす』、これが観葉植物の定めであろうが、りゅぢ氏の世話する観葉植物も同様の末路を辿る。
例外はなく、旅行から帰ってきたらシワシワのベーコンのようなサボテンを発見したとき、『俺には生き物を飼う資格がないっ!』と深く天に懺悔したものだ。幸せの木はもちろん根っこから枯れていた。

だがこの植物は枯れていなかった。
一月以上の放置にも耐え、今、緑々しく茂っている。

こいつ、きっと強い。
私が育てるに足る植物である。

そう思って水を少しやり日当たりのいい場所に移した。
もし手に余り枯れだしたときは『レオン、あなたは自由よ』とマチルダごっこしながら庭に植えなおそう。そうしよう。

後発だからがんばってる

2011年09月20日 08:18

誤植



『マンゴープリンはプリンではない。』
この事実を知ったときの驚きたるや筆舌し難いものがある。
周知の事実ではあろうが、プリンとは一体なんぞや、これを明らかにしておこう。

プリンとは、卵を使ったプリンプリンの物・体・だっ。

この程度、この程度の知識なんですっ先生。
しかしこのパリッパリッと食べ散らかしたお煎餅のこぼれた欠片よりも小さい知識に照らし合わせて考えると、やはりマンゴープリンはプリンではない。この事実が立証されたっ!
なんせあいつらゼラチンで固めてますからね、むしろゼリーですよゼリー。

なぜプリンなどという名称をつけたのか?ここに今日の私は怒り心頭なんですよ。
マンゴー×プリン、この組み合わせが気持ち悪くて食わず嫌いしてた期間がかなり長い。
ねっとりとした極上のマンゴーに、鶏卵、け、鶏卵って・・・、合うわけないじゃないか!そう思ってマンゴーは大好きなんだけどマンゴープリンはちょっとね、とオセンチな時期が確かにあった。
だが一口食べたら美味かった。
美味かったなら自分で作りたくなるのも道理、レシピを見たら『ゼラチン』の文字。

節子、それゼリーや。

マンゴーゼリーであれば食べるのにやぶさかではない。
今は人生規模で考えた、マンゴープリンを食べた出だしの遅さから来る遅れを挽回すべく鋭意食し中である。


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