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たてこもり

2008年09月28日 09:00

うそついたよ。



USOでした。

昨日さんざん回りくどく一番大切なのは、『自分の部屋だ』『自分の部屋で愛する人の腕の中』とか言ってましたが、そんなんうそじゃん。

どう考えても一番は家のトイレだったんです。

何時間でもいれる。


『一番トイレが好き、落ち着く。』という話を小林くんにしたところ、


『あ、自分も。あの寸法がたまらないよねー、ちょうどいい寸法。』


と、同意していただけたが寸法?

『ごめん、キミの言ってることよく分からない状態』になってしまった。

慣れ親しんだ寸法だからトイレが落ち着く?

仮にトイレの安心感を『寸法』に求めるとしたら、実家が18の時に引越してしまったボクは、18年間築き上げたトイレとの信頼を失ってしまったことになるのだろう。

なんたる悲しきことか。引越しとはその場にいろいろ捨てていく事なんだね。


まぁ、今は新しいトイレとの信頼を築き上げて数年経つのであります。

やっぱり一番なわけです。

下手したら『ここにベッドあればな』って、トイレとベッドの配置を考えちゃってまた時間が経っていく。

寸法じゃないとした、どこからくるのかこの安心感、充足感。

やっぱり誰かが入ってこないってのは大きいか。

デパートやレストランのトイレだと誰か入ってくるのが分かると、大変落ち着かなくなるしね。

小便器で放尿してる時ですら、誰か入ってくると穢された気がするもん。

ましてや、『え?隣!?』って3個便器あるのになぜ隣にくる?ってなるもん。

『3個あるのになぜ真ん中使う?』と思ってんだろうな。



自分ちのトイレが一番好きって話だったんだけど、じつはこれ相対的なものなんですよ。


自分の家の中では、トイレが一番。

レストランの中では、トイレが一番。

デパートの中では、トイレが一番。的な。


つまるところトイレ引きこもりなんですね。

トイレ引きこもりってなんかかっこ悪いから、言い方変えよう。


いつでもどこでもトイレにたてこもってんですよ、ボクわ。

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一番好きな場所は・・・

2008年09月26日 21:00

あ、トイレ。




例えばあなたにとって、一番大切な場所とはどこだろう?

世界中のどこよりも安心できて、居心地がよく、心休まる場所。

或る人は言うでしょう、『それは愛する人の腕の中』と。

また或る人は言うでしょう、『それはキミといる時だよ』と。


あ、トイレ。


しかし、ここでボクは『なんて心の寂しい人』と批判を受けるコトを恐れずに異を唱えたいんだ。

所詮、人と人はどんなに愛し合おうとも他人であり、心許し休まる時がくるのだろうか。

否、その時は訪れず。

つまるところ、日々のストレスを発散するにはやはり一人でリラックスするのが一番であり、愛する誰かといても、自分と違う何かを見つけてやはりストレスを感じるのだろう。

そして最初の問いかけにもどると、一番大切な場所、心休まる場所というのは、誰かといる場所ではなく、自分一人の場所を指しているはずである。


あ、トイレ。


そこでボク自身が一番好きな場所を言わせてもらうと、それはほかでもない自分の部屋である。

なんだろうか、この安心感。

例えばどっかのホテルに泊まって、明らかに自分の部屋よりも豪華だし使い勝手もいいのだが、どっちがいいかといえば、断然自分の部屋を選んでしまうこの魅力。

できれば一日中部屋からでたくないが、それでは世間様から『引篭もり』として捉えられてしまう。

『他人と接触したくないから引篭もる』と『部屋が大好きで部屋にいる』は、全くの別ものだと主張してるのだが、そとからみれば同じ『引篭もり』になるのが痛いところである。


あ、トイレ。


しかしながら、完璧に思えた大好きな自分の部屋も、いつか独りの寂しさに耐え切れず音をあげるだろう。

同時に、あなたが言う『愛する人の腕の中』も時と場所があり、真夏の炎天下で腕の中はないだろう。

要するに、今ここでボクの『自分の部屋が一番』という意見と、あなたがいう『愛する人の腕の中』という意見の折衷案、『自分の部屋で愛する人の腕の中』はいかがなものだろうか?

言うなれば、互いの弱点を補い合っているといえるのではないか。

つまり、この世でもっとも大切な場所、心休まる場所は、、、


あ、トイレ。


『自分の部屋で愛する人の腕の中』なのである。

考えるな、感じるんだ

2008年09月25日 09:00

時間が解決してくれない。




大学の名前が変わるってまじ勘弁。

秋田経済法科大学がノースアジア大学に名前変更したんだってさ。

そいや都立大も何年か前、首都大学に名前変わったけど、ものすごい3流な匂いがするじゃないか。

もしかしたらさ、数10年後に学長とかががんばりすぎちゃって、『よし、ウチの大学の名前はコミュニケーション大学だ!』とか言い出すかもしれないし。

さらに頭イカれて、『うん、世界大学だな』とか言ったりして。

そうなったら、『オレ?オレコミュ大』とかやっぱり略されちゃって、卒業生としては死んでも『コミュ大』なんて言いたくないし。

『世界大学出身のりゅぢです!』とか宗教っぽくね?



客観的な第3者の意見って絶対必要だね。



そうなの。これが一番大事なの。

得てして名づける時ってのは、誰も知らないような思い入れを入れてしまうのね。

説明されりゃ、あーなるほど、すごい、そりゃいいってなるけど、一見さんにしてみたら『なんだそりゃ』な出来事の多いこと。

いうなれば、頭冷やせ、よく考えろ、それに尽きる。




亜菜瑠ちゃん


そう名づけられた子供の悲劇。

なんて読むんだよ、これ。


小学校くらいまではいいかもしれん。

中学に入ったらぼちぼち話題になるんじゃないか?

アメリカに留学?やめとけ亜菜瑠。



『亜菜瑠ちゃんと遊んじゃいけません!』

『なんで!お母さん!亜菜瑠のどこがいけないの!?』

『亜菜瑠だからよっ!!』



あなたのうちの近所でもこんな親子喧嘩の声が聞こえるかもしれない。

何も知らなければ、この言い合い『秘密の花園』。

殺されても自己責任

2008年09月24日 09:00

誤植か?アジアンだからか?



昨年9月、我らが一心に愛情を注ぐミャンマーで日本人が殺された。

故人には申し訳ないが、ボク個人の見解としてはあの時期あの国にジャーナリストとしてカメラを携え、その上最前列アリーナ席で鉄砲持った兵隊の前に出て行くなんて、正気の沙汰でない。

逃げるところを背後から撃たれたという話だが、逃げなくてはいけないほど暴動に近づきすぎたというコトが危機管理できてないのではないだろうか。

もともとジャーナリストに厳しい国で、NHKでバイトしたミャンマー人が一時帰国した際、誰といつどこで会うかといったスケジュールを提出させられた上、秘密警察に付きまとわられたと怒ってた。

母国のミャンマー人ですら、『ジャーナリスト』と名のつく職業に触った人には厳しいのに、ましてや外人なにをかいわんや。

『ほんとに撃たれる』、銃は飾りじゃないという事を平和ボケしたボクらに身を挺して教えてくれた事件だった。


故人に鞭打つような意見で重ね重ね申し訳ない。

しかし、海外にでてまで日本全体に迷惑をかけるようなコトをする人が嫌いだ。

そこまでして、なじみの薄いミャンマーという国のデモをカメラに収める必要あったのか?

アフガニスタンやイラクといった、誰がどう考えても危険なとこに行って、案の定テロ組織に捕まり『日本に帰りたい、助けてください』という。

冗談だろ?ビザ取る前に大使館で、危険だから行かないほうがいいと言われたはずだ。

殺したほうが悪いなんて正論通じない状態の所に自らの選択で行ったんだ、『郷に入っては郷に従え』だ。



さてあれ以来、ビザを取るのも難しくなりすっかり遠い国になったしまったミャンマー。

ハリケーンでさらに国が閉まり、遠い遠い国になってしまった。

現地の友人達は元気だろうか?

リアルに生きているだろうか?

それを確かめに行きたくても、厳しくなったビザ取得に阻まれ行くことができない。


久しぶりにミャンマーのニュースがネットに載ってた。



長井さんのテープ提供名目で恐喝未遂 ミャンマー人の男を逮捕



あらー、なんだか珍しい感じだ。

『人がいい=ミャンマー人』と定評があるけど、やっぱりこういうこともあるのね。


(本文中より)

「テープを入手できる」と謝礼目的で持ちかけたが、断られたため、今年1月、都内の飲食店で「50万ぽっちも払えないなら、たたではおかない」と言って現金を脅し取ろうとした疑い。


『たた』ではおかない



何故リアルなアジアン日本語?

10バーツだと思ってた

2008年09月22日 09:00

無駄足。こころから無駄足。犬でいえば犬死。



あぁ、そうだ。

飯食う金ねぇやってことでお金をおろそうと、ちかくのファミマをスルーしてちょっと遠くのampmまで。

三井住友だから、エーピーならば時間外手数料以外は無料だ。

若干の遠き道のりを雨の中ひた歩き、たどり着いた先で財布を開けると、キャッシュカードがない。

ウップス、そうだ、旅行に行ったから財布から出したんだった。

なんだよ、金おろせねぇじゃん。

こんな遠くまで来る意味なかったじゃないか、無駄足かよ。と、やさぐれながら、コンビニを出る。


あーぁ、今日飯食えねぇや。と、帰り道を歩いてる最中思い出した、『パスモ使えます』のポップ。

はいはい!持ってます!パスモありますよ!

そうだ、今日はとりあえずパスモ使えばいいじゃない。

というわけで、半分くらい戻りかけた道のりをまた戻ってパスモでお買い物。

いやぁ、パスモ持っててよかったよぉ。

なかったら、今日夕飯抜きだったよぉ。

この道程がまるっきり無駄足になるところだったよぉ。

そうほくそ笑みつつ戻った先で、財布の中から500円玉発見。


そもそも500円あればファミマで夕飯買えた。

今日お金おろそうとも思わなかった。

10バーツと500円玉、似すぎ。


犬死。



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