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雨ですなぁ

2010年07月07日 15:14

催涙雨



今日は七夕。
短冊に願い事は飾ったかい?
とりあえず雨降ってるから、その願いは叶わないと思われよ。
今日の雨は天の川の水嵩が増し、橋を渡って会うことが出来ない織姫と彦星の流す涙なのである。
そんな悲しんでいるふたりが『妹が欲しい』なんて俗物とエロにまみれた願いゴト、叶えてくれるわけないだろう?ご両親に頼まれよ。よほど現実的である。

例えば世界平和を望むなら、なりますように、よりも『世界を平和にします』と前向きな願いを書いてみたらどうだろう?
もはやそれは所信表明であるかもしれないが、他力本願でないトコロが良いではないか、良いではないか。

こんな諺がミャンマーにございます。


『槍を持つな。剣を持って一歩踏み込んで切れ』

そう、一歩前に出る勇気が必要とされるご時勢なのですね。へぇそうですか。
故にこの催涙雨降る七夕に、一年に一度の逢瀬を楽しめない織姫彦星たちに無作法な頼みごとをするのでなく、自ら前向き発言をしてみてはいかがであろうか?

そう思ってりゅぢ氏は考えた。
まぁ、それは来年からでいいかな?と。
とりあえず来年は前向きになれるようにお願いをしとこう。


『来年以降、ポジティブになれますように』

きっと今日は雨で叶わないから、来年も再来年も今と同じ。
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今日の雨は俺たちの悔し涙だ

2009年07月07日 08:03

催涙雨。



可愛そうな彦星は、織姫に会えずに今日、涙を流す。
瞳から溢れた涙は雨となって、雲をつき抜け重力加速して重く地上を叩きつける。

あぁ、今年も会えなかった。今年こそは会いたかった。

悲痛な声が雨音にも消されずに聞こえてくる。
七夕が晴れる確立はわずかに20パーセント。
ほぼ毎年涙にくれる悲しい宿命。


七夕というコトで短冊が我が家にもかかっていた。
誰のであろうか言わずもがな、姉の子供のである。
最近じゃ毎日のように、というか毎日毎日うちにやってきて、泊まっていって、またうち帰ってきて、、、ってお前さんどこの子供?

心の狭い、猫の額ほどのココロを持つりゅぢ氏は、あの姉の子供が大嫌いだ。
なんつーか、もっとこう、頭の良い、1を聞いて10を知るタイプの子供が好きな、こう、勉強教え甲斐ある子が好きなのだ。
間違っても、どこでかフェンシングにハマってきて、3時間ほどずっと棒切れをもって『シュッシュッ』言って中世の騎士になりきってるヤツなんて大嫌いだ。
部屋中走り回って見えない敵と『シュッシュッ』言い合って3時間も時間潰すヤツ大嫌いだ。
いくらなんでもやりすぎだ。ノイローゼのオラウータンか。

ボクは魂のステージ低いから、あいつの相手が見えない。
しかし、あの子供には見えているようじゃ。敵が見えているようじゃ。
紙一重の戦い、熱い死闘。
生か死か?負けるな、勝つんだ、姉の子供よ!!


あ~、、もうさ、帰ってくんねぇかな?お前。



さて、短冊だ。
あの可愛そうな子は何を願っているのか気になって、短冊の文字を読む。




『ザリガニがとれますように。ヤドカリもほしい。』



なにこの私的な願い事?食用か?
しかもザリガニ?ヤドカリ?

数ある願い事の中でもダントツで小さい。
頭一つどころか、もうつま先まで抜きん出た器の小ささだ。
もう「買ってくれば?」としかいいようがない。

どうしたの?なんで?頭打った?寝不足なの?
まだ、フェンシング一式欲しいとかの方が良かった。


オマエなぁ、いいか?七夕っつーのはな、織姫と彦星が年に一度だけ会えるロマンティックな日なんだぞ?ここまでは理解できるか?
なんでその二人が『ザリガニとヤドカリ』を取らなきゃならんの?
天の川だからか?川に行ったからか?ヤドカリは川にいるのか?

もうさ、『世界平和』とか『健康』とかでいいよ。
ありきたりで普通が一番だよ。


きっと今日雨が降ったら、この願い事のせいだ。
『ザリガニとヤドカリが欲しい』
そんな願い事を、デート前の身支度しているときに聞かされた彦星の悔し涙に違いない。



去年の七夕(ちなみにこれわりとお気に入り)

象の季節

2009年06月23日 13:55

暑くないかい?





どーなん?みんな感じない?最近暑くない?
もしこれがボクだけ感じている暑さなら、一人先走って夏先取り。
確かに感じる夏の訪れ、今年もあの季節がやってきました。

夏。


さて、夏といえば象ですよね?
暑い日中を耐え、やや涼んできた夕方。
それでも少し躊躇しちゃうような熱気の中、着流し的な涼しげなカッコで象をくいっと。
たまりませんね。

『やっぱ仕事あがりには象だよね』

なんて左利きの乙女が言っちゃったりして。
「おいおい、シモネタには持ってかねぇぞ」
とかボクも言っちゃったりして。
象がつなぐ二人の愛。2009・夏。


人々の心に、こんなにも『夏=象』の図式が成り立っているのはやはり理由がある。
新鮮な象を東南アジアはタイ、東北地方のスリンで収穫し、一気に日本へと運ぶその交通ライン。
そこには匠の技、日本の技術が光っている。
一人前の象師になるのには、どんなに才能があれど最低10年の修行を必要とするという。
そういった確かに裏づけされた伝統により、安定した象の供給、しいては日本人の心に『夏=象』という図式を成り立たせているといえるのであろう。


そういったわけで、普段何気なく楽しんでいる象のバックボーンに思いを寄せるのも、夏の一つの風流としてありなのではないでしょうか。

つまるとこ暑くて壊れかけてきた。壊れかけのレィディオ。
だから夏なんだ。

オマエ以外はOKだった

2009年04月03日 09:00

春はあけぼのー



さてさて我らが生まれるはるか昔、清少納言が『春はあけぼのー!』と感極まって叫んだ時点から、この季節の一番良いところは日の出前と定められたのでございます。

しかしながら皆々様に問いただしたきは、『春眠暁は覚えてねぇ!』。

氏に至っては、春夏秋冬どの季節にてもあけぼのなぞ知らぬ存ぜぬ一点張りなわけです。


しかしあけぼのなぞ知らなくても春は素晴らしい。

気づきました?

うちの近所の桜、咲いてんの。

春を待ちきれなかった漢ども(春待人と呼ぼう)が、待ちに待った春の到来に歓喜し通りを闊歩する。

先日、新宿駅(だったかな?)でエセ駅員として活躍する春待人を見かけた。
本職の駅員もビックリの大声で、


『電車が発車します!電車から離れてください、離れてください!!危ないです!!離れてくださーーーい!!!』


と叫んでいた。

動きたるやまさに本物。電車にくっつかんばかりに駅員のような身振り手振りをさかんに繰り返す。


『ハイ、OK!OKです!!』


と、堂に入ったなりきり駅員ぶりを発揮。

あぁ、春待人だなぁ、電車大好きなんだなぁと春の訪れを感じ微笑ましくも生暖かく見守っていると、彼は走ってきた本物の駅員にあっさり連れ去られていった。



春待人にとって現実は超厳しい。

とある絵描きの生涯追憶

2009年04月02日 09:00

勧誘



朝方電車を待ってベンチに座ってると、浮浪者然とした爺さんが話しかけてきた。

『絵はいかがですか?』


一体この浮浪者は何を言っているのだろう?

やや言語不明瞭な為、何を言っているのか理解に時間がかかる。

なるほど、1枚1000円と書いた紙を持っており手にはスケッチブック。

絵描きか?こいつは絵描きなのか??


だとすると、どこのどなた様がこの朝一の時間帯に駅前でゆっくり絵を描いてもらうのであろうか。公園行け公園。

やんわりと結構ですとお断りすると、『そうですか』とあっさり引き下がる。

そうですよ、まったくもって必要ございませぬ。

ところがあっさり引き下がったかに見えた爺さんは、多少のインターバルを置いてさらに話しかけてきた。



『ボクね、84歳なんですけど何歳に見えます?』



なんで答え言っちゃうかな?

そういうのって、何歳に見えます?えー60歳くらい?いやー違います84歳です。うっそー若い!!的な流れじゃないの?なんで答え最初に言っちゃうの??

もうね、84歳って知っちゃってるから、84歳としか答えようがない。


「え、と。84なんですか?」


『そーなんです。84歳なんです。で、何歳に見えます?』


いや、ちょっと待て。

なんだろう、この噛みあわない感じ。どうしてこう話が通じないのだ?

仕方ないので、若いですねー見えないですねーと教科書に書いてある通りに答えた。


『20年前に病気を患いまして、もうダメだと医者にも見捨てられたんです。でもそこで○○学会に入ったところみるみるうちに病気も完治しまして、学会はほんとに素晴らしいところです』


おっと、宗教系の勧誘か?


『で、病気も治って医者に見せたところびっくり。内臓が20代の青年のように若い!って言われまして_』

『あと20年は生きられるって言われました。あと20年も生きたら僕104歳ですよ、はっはっはっ』


20代の青年があと20年しか生きれないのならそれはちょっと健康に難ありじゃねぇのか。

そう思いつつ「いやいやーあと60年いけるんじゃないですか~」なんて野暮なことは言いたくない。この人144歳になる図とか想像したくない。


『でね、これ僕が描いた似顔絵なんですよ』


パッと開いたページを見た氏は思わず呟いた。


「えっ、似顔絵??」


そこには『Let me draw(描かせて)』とだけ、やけにポップなロゴが描かれていた。

そんな氏の逡巡などまるっきりの無視で似顔絵について語る爺さん。

そうか、これも似顔絵なんだな、抽象的な似顔絵なのかもしれないな。

その後またページを開き、そこには不気味な絵力をもったボッサボサの髪型をしたおっさんの勢いある顔が描かれていた。

右端の方には何故か『鏡を見て』の文字。

あれ?もしかしてこれあれか?自画像なのか?ちょいと美化しすぎなんじゃねぇか?


『これ、僕の似顔絵、自画像です。鏡を見て描いたんです、どう?似てるでしょう?』


やっぱり!

似てるでしょう?と聞かれて似てないとは言えない。

しかし、似てないものは似てないし、似てると言いうのはシャクである。

脳内フル回転の結果、搾り出した答え。


「すっごい似てますね、髪型とか」



その後、爺さんは学会を散々褒め称えて去っていった。

一体、何だったのか?朝から何だったのか?



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